【労働】「正社員志向」はこれからも続くのだろうか

ゼミである方が発表されていた、障害者運動に関する研究について
ぼんやり考えていたことを。



その研究では、障害者の「労働」はこれまで、
賃金を得るための労働か、
社会とのつながり=生きがいを得るための労働か
という二分法による労働観に終始していたと指摘されていました。
研究の知見は興味深いもので、
私も労働観について考えさせられました。



研究の詳細については、本稿では紹介できませんが
扱われていた事例では、上記の二分法による労働観ではなく、
「(健常者と障害者の垣根をこえた)働く者の関係性」
を重視している姿勢がみられたとのこと。
確かに、「誰かと一緒になにかをすること」は、
たとえ賃金が発生しなくても、社会のつながる意識を前提としなくても
愉しさや歓びが生じるもの。
広い意味での「はたらき」と言えるのかもしれない。
これを「労働」のなかに位置づけできれば、
全ての人が働きやすい環境が創ることができるかもしれません。


〇労働観の問いなおし
経済が成熟した社会の労働市場では、
・自発的(今働く必要がない人や、働く予定がない人など)
・非自発的(解雇されてしまった人・働きたいのに働けない人など)
な「失業者」は必ず存在します。
また、90年代半ばから一般化したアルバイトや派遣といった「正社員」ではない、
「非典型労働者」には、多くの企業が依存せざるを得ないのが現状で、
この傾向は今後もしばらくは続くでしょう。



であれば、正社員になることを働く者の経済的・社会的な「達成」と捉え、
正社員を頂点に収入・仕事のやりがいが配分されていく、
ヒエラルキー型の労働観に留まる限り、
正社員を選択しない人や正社員になれなかった人は
収入・仕事のやりがいの面で「下位」に置かれることになる。
すべての人が「正社員」になれない労働市場のなかで。



「誰かと一緒になにかをすること」の価値は、
もちろんこうしたヒエラルキー型の労働観を軸に据えた
労働環境でも得られるものです。
(正社員とアルバイト・パートの関係が、
良好な職場は珍しくはありませんし、その重要性は広範に認められています)
しかし、今一度突き詰めて考えてみるのであれば、
同じ職場で同じような労働に従事する労働者の間に、
収入ややりがいに差が出てしまうことは正しいことなのだろうか。



このような問題意識は、収入の面では
「同一労働・同一賃金」を求める議論に通ずるものかもしれません。
また、仕事のやりがいの面では「リア充」的な労働観へ
意義を唱える突破口になるのかもしれない。



加えて「誰かと一緒になにかをする愉しさや歓び」を捕捉した労働観のもとで、
70年代〜80年代に隆盛した主婦をキーパーソンとする地域活動
(生協運動や消費者運動など)は「労働」としての価値を再評価できるのかもしれない。



そして根拠はありませんが、
いまアメリカを中心に世界中で「価値」を生み出している
「労働」は、実はこの労働観に支えられているのではないか。



少なくとも、既存の労働観に対する問いなおしが、
さまざまな場から噴出しているのが昨今の社会状況と言えるでしょう。



〇日本の労働福祉政策
最近、行政や教育機関の就労支援に対して、
労働の自己承認機能(生きがい?)を捕捉した支援をせよといった議論があります。
仕事が人のアイデンティティと結びつくことは確かですので、
まっとうな主張ではないかと思います。



けれどもその就労支援が
正社員になること・フルタイム労働がゴールであるという労働観のもとで
組み立てられるならば、就労希望者は意識と現実の壁
(正社員で仕事をバリバリこなすリア充になりたい[意識]、
けど正社員の口がなくアルバイト・派遣に留まるしかない[現実])
に苦しみ続けることになります。
世間の評価も同じ労働観に基づくならば、
就労希望者は悩みや苦しみに対する理解を求めることも難しい、
大変苦しい状況に追い込まれてしまうのではないか。



※もちろん正社員に限定した労働市場のなかでも、
雇用者と就労希望者のミスマッチが存在しますので、
両者のマッチング・システムの再検討は、
これまで述べた労働観の検討と連動して進めなければならないでしょう。



ところで、1969年のニクソンの福祉改革案に用いられ、
アメリカから日本に持ち込まれた「福祉から就労へ」をスローガンに掲げる
政府・行政の福祉労働政策(「ワークフェア」[workfare])の概念は、
いまも世界各国の労働政策の根本を支える重要なオプションとして捉えられています。
ワークフェアはもともと、政府・行政の財政基盤の悪化に伴うコスト圧縮の命題のもと、
増大し続ける福祉歳出に歯止めをかけ、所得税による歳入増をねらうという
目的がありました。


※「ワークフェア」について、詳しくはこちら



日本の政府・行政は80年代以降顕著に、
労働政策の実践においてワークフェアを適用していきました。
その際、(基本的には)高所得を生み出す正社員への就労を促すという
方向性で進められてきた。



とはいえ、現代社会では高付加価値=高所得を生み出す「労働」は、
正社員・フルタイム労働者といった立場や地位を前提とするものではなくなっている、
とも考えられます。
働くことについてのあたらしい展望は開けている。
私たちは新しい時代に即した労働観を彫琢していく必要があるのかもしれません。



【参考文献・サイト】
『workfare.info』→http://workfare.info/
本田由紀内藤朝雄後藤和智(著)、2006、『「ニート」って言うな!』、光文社新書