【読書記録】居住の貧困


居住の貧困 (岩波新書:本間義人著)



賃貸住宅を探すとき、
「家賃がもう少し安ければ○○が出来るのに」「なんで初期費用だけでこんなにお金がかかるんだろう」
と思ったことのある方はいらっしゃるでしょうか。
また家族に恵まれ、しかるべき広さの住宅を探す際、
自分の経済力とその住宅価格によって、自ずと選択肢が決まってきてしまうという現実に
不条理を感じたことのある方はいらっしゃるでしょうか。



本書は専門家による住宅政策に関する本です。
日本政府や地方自治体、企業は基本的人権である「住む権利」がいかに考えてきたのか。
どのように政策展開がなされてきたのか。本書では、そんな日本の住宅政策の歴史を振り返ることができます。


  • 概要

本書での著者の主張は以下の通りです。
・住宅政策は本来基本的人権として、市民の「居住権」に配慮するものであるべき。
・住宅政策は労働政策、福祉政策密接にリンクさせ、共通の思想・デザインのもと展開されるべき。



著者は「ネットカフェ難民」や「ホームレス」といった方々が、
経済力が弱いからという理由で、適切な広さの住宅にありつえない現状を批判しています。
そしてその背景として、本書では、住宅の社会保障セーフティネットとしての側面より、
産業的側面、金融資産としての側面に配慮した日本の住宅政策と、
結果としてのいびつな住宅供給と住環境の現状が指摘されています。



日本の住宅市場は巨大で、現実としてそれで生活を支えている方も多いという側面は無視できません。
またこの市場の力によって、高所得者は豊かな住環境を享受することができます。
しかしこうした市場偏重の状況では、安価な住宅は十分に供給されず、
社会的弱者が排除されてしまう危険性は明らかでしょう。
経済的側面を重視するあまり、日本の政府や自治体は安価で適切な広さの住宅を市民に供給する
責務を放棄してきたと、著者は義憤すら感じられる語調にて主張しています。


  • 考察

戦後日本の行政は、具体的に本書の主題である住宅、道路・上下水道といった都市インフラ、
バスなどの公共交通、ごみ処理、消防・救急などの公共財・公共サービスの供給を担ってきました。
しかし、これらのサービスの行政による非効率的運用が問題視され、
その多大な利権を狙う経済界による要請もあり、「規制緩和」「官から民へ」というスローガンのもと、
1980年代以降、多くの公共財の供給から行政は身を引いています。



しかし行政が供給を担っていた公共財はすべて、「平等性・非差別性」が期待されるものでした。
つまり誰でも公共財の恩恵を受けられ、社会的弱者が排除されないことが保障されていたのです。
規制緩和は、そんな公共財のセーフティネットとしての領域にまで踏み込んでしまったとも言えるでしょう。
住宅は、まさにその領域だったのかもしれません。


とはいえ上述のように、行政の財政状況が危機にさらされるなか、
非効率的で不要な公共財の供給にはメスを入れていかなくてはなりません。
またその非効率性が、市場セクター(企業)や市民セクター(NPOやボランティア組織など)によって
解消され、公共財が充実する余地は依然として残されています。
重要なことは「誰が」「どの」公共財を供給すべきかという点でしょう。



詳述するなら今後私たちは公共財やサービスを提供する主体として、
行政・市場・市民といった各セクターがそれぞれ「得意」としていて、担うのが「有効」な領域はどれなのか、
という議論を、今日の情勢と照らしあわせて再展開する必要があるのでしょう。



そしてそれぞれのセクターに役割を分担していく。
その上で各セクターを支援・管理する主体として中央政府と地方政府のどちらが適しているかを考える。
(「事業仕分け」などはこうした観点で進められている…はずです)
価値が多元化する今日、特定のセクターや中央政府に偏らない、「小回りのきく柔軟な」公共財の供給が求められています。
どんな主体が担うにせよ、広い家が安く、手軽に、どんな人にも供給される社会であってほしいものです。