人権と国家 −世界の本質をめぐる考察


人権と国家 ―世界の本質をめぐる考察 (集英社新書)


  • 概要

ラカン精神分析理論の旗手と言われるスラヴォイ・ジジェクのインタビュー集+2本の論文です。
ジジェク氏の本は最近、新書としてもう1冊出ていて、気軽に読めますし、こちらもおすすめです。
(『ポストモダンの共産主義──はじめは悲劇として、二度めは笑劇として』(ちくま新書))
ただ本書もユーモアのある語り口とは裏腹に、内容の難解さは否めません。
※映画の引用部分など私にとってはいまいちよくわからない部分が多いです。
本書はインタビュアーの岡崎玲子さんの手腕もあり、インタビュー部分は特に興味深く、
かつ理解しやすいのではないかと思います。なおジジェク氏の日本体験談は必笑。


  • キーポイント

本書において、ジジェクは左派・コミュニストとして、現代社会の世界体制や秩序を考える上で、
資本主義と、それを支える議会制民主主義とリベラル民主主義の限界を指摘しています。
新自由主義保守主義を除き、上記の両民主主義の対抗軸を見出だしにくい
日本の政治状況・論壇にとっては、傾聴すべき議論と思います。



ポストモダニズムの隆盛、冷戦の終結を経て先進国の政治哲学は
資本主義・議会制民主主義・リベラル民主主義が支配的な地位を占めるようになりました。
私たちはイデオロギーから「距離を置き」、イデオロギーが「終焉」したように世界を感じていました。



しかし周知の通り冷戦以降、環境問題の悪化やテロリズムといった危機やリスクに、世界は悩まされています。
イデオロギー云々は別に、依然として安定した状況にはないのです。
世界各国で多元化した価値が、グローバル経済のもとで不平等な立場にある主体の不満と結びつき、
既存の秩序にNOを突き付けている(例:イスラム過激派のテロやアフリカの民族紛争)と言えるでしょう。
この危機に対し私たちは資本主義・民主主義の支配的状況のなか、
以下の2つのアプローチで立ち向かおうとしています。



功利主義的主体・合理的選択を行う主体をベースにした制度設計をする。
(例:温室効果ガスの排出が加速し生態系を脅かしている→放っておけば経済成長のため、
各国は温室効果ガスを排出し続ける→温室効果ガス排出量に見合った排出削減活動を「投資」によって促進させる
カーボンオフセット」)
○権力の集中・権威主義を回避し、ネットワーク型の権力や多文化主義を模索する。
(例:ゆるやかなつながりを志向し、メンバーの対等な地位と多様性を尊重する、社会運動やNPOなど地域の活動)



ジジェクはこの2つのアプローチに以下の観点からその限界を指摘します。
×不合理で意味のない暴力や破壊(例:原発事故)などは、リスク計算をするすべがない。
×権力構造化を免れる組織や連帯など存在しない。ネットワーク型権力といっても何かをアウトプットする際、
一時的にでも空間的に限定された、集団の組織化(例:国際会議の組織)が必要だから。



一方ジジェクは対抗的イデオロギー復権を主張します。実践的には彼の言葉でいうコミュニズムの立ち上げです。
その実他者の侵入を恐れ「寛容」な立場をとることで、あらゆる問題に対して手をこまねく
議会制民主主義・リベラル民主主義から、
強い意味(本書では「謎・混乱・当惑」)の共有を前提とした、相互に限界を抱える弱者の連帯へ。



これだけではマルクスの理論と大差ないように思えますが、ジジェク
・強大な役割を付与された国家と、その国家間の枠組みの重要性
・他者認識の現代的な書き換え(不可解で不透明な限界のなか、他者を認識し連帯を求める)
をも主張しています。この2点が加わることで彼は、現代流に進化したコミュニズムを提唱しています。

  • 課題

日本で暮らす私たちは、コミュニズムという理念にアレルギーを抱きがちですので、
ジジェクの議論が、日本の政治状況に直接、強い影響を与えることはおそらくないでしょう。
しかしながら彼の思想の是非を問う前に、その思想からどうエッセンスを抽出し、
実践的な日々の議論につなげていくか。求められているのはおそらく、ラディカルな議論から学ぶ態度です。